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瀧山祭・特別法要(各回限定100席)
日程:2026年11月3日(火・祝)
冥加料:5,000円
場所:宝珠山 錫杖寺(埼玉県川口市本町2-4-37)
時間:11時00分~/14時00分~
内訳:本堂内陣特別参拝、奉納の舞(巫女舞)、限定御朱印・御守の授与、和のフルート奏者「世古美月」による奉納演奏、通常非公開:瀧山の女乗物(駕篭)拝観、お茶・和菓子、縁日で使える割引券
※電話でのご予約をご希望の方は、宝珠山 錫杖寺へお電話にてご予約ください。
錫杖寺 TEL:048-222-2046
地図:宝珠山 錫杖寺
江戸城大奥を支えた女性――御年寄・瀧山
江戸時代、将軍家の奥向きとして、多くの女性たちが暮らしていた「大奥」。
その大奥で、総取締役として絶大な権限を持っていたのが「御年寄」という役職でした。
その中でも、幕末から江戸城無血開城に至る激動の時代を生き、大奥最後の御年寄として知られる女性が「瀧山」です。
文政6年(1823)、16歳で大奥に上がった瀧山は、その優れた才覚を認められ、やがて御年寄へと昇進しました。13代将軍・徳川家定、そして14代将軍・徳川家茂の時代に大奥の重職を務め、幕末の政局を大奥から見つめ続けました。
将軍継嗣問題では、紀州の徳川慶福を推す「南紀派」と、一橋慶喜を推す「一橋派」が激しく対立。幕府の中枢だけでなく、大奥にもその波紋が広がりました。
瀧山は大奥の慣例に従い、慶喜の擁立を阻止した人物としても知られています。やがて慶喜が十五代将軍となると、瀧山は大奥を退きました。
その後、瀧山は川口の地で余生を過ごし、明治9年(1876)1月14日、71歳でその生涯を閉じました。
そして、その墓所があるのが、徳川家とも深いゆかりを持つ川口の錫杖寺です。
150年の時を越えて――瀧山の遺徳を偲ぶ
錫杖寺では、瀧山ゆかりの地として、その遺徳を偲ぶ「瀧山祭」が開催されます。
2026年11月3日には、特別法要が執り行われます。
江戸城大奥という、外からはうかがい知ることのできなかった世界で、激動の幕末を生き抜いた瀧山。
その人生に思いを馳せながら、墓所に手を合わせ、歴史の舞台となった川口の地で、静かにその足跡をたどってみませんか。
江戸から明治へ――。
時代の大きな転換を見届けた一人の女性、瀧山。
2026年11月3日、錫杖寺にて、その生涯と功績に思いを寄せる特別な一日をお過ごしください。
お問い合わせ: 一般社団法人川口市旅行観光協会
℡:048-224-1018
受付時間:平日9:00~18:00